2024年4-6月期アニメ「夜のクラゲは泳げない」の1話~4話のコメントです。
第1話「夜のクラゲ」
背景の色彩が良かったです。夜の街に光る電気の鮮やかさ、キラキラさに質感がありました。本編も演出と主題を重ねていてしっかり伝わりました。例えば、最後にまひるが自分の描いたクラゲの上に貼られた告知の紙を剥がして歌い始めるシーンは、クラゲ(の絵)を見せること=自分の心の内面を見せることだと思いましたし、ハロウィーンの仮装というのも言わずもがなですね。
「量産型」という言葉は中々斬新な響きです。
第2話「めいの推しごと」
本作は一人一人の二面性、多面性を強調しているように思いました。一つに花音ではなくアイドルのののかでないとダメとめいが言い張ることです。もう一つに花音がまひるの絵を好きになり元気づけられたように、めいもののかに勇気づけられていて、知らず知らずのうちに他人を励ましていることです。自分自身が思っている姿と違うという意味でそうでしょう。そのような単純そうで単純でない気持ちとそれに向き合う姿を「推し」や「解釈違い」といった現代の言葉を用いながら上手く取り込んでいました。最後に友達になれたことも含めてです。10万円の寄付を受けたあたりのテンポの良さも良かったですね。あと、学校の嫌な部分を描くのは上手いですね。
夜を中心とした1話から打って変わって、昼を中心としたストーリー展開も印象深かったです。
第3話「渡瀬キウイ」
今回は不登校と偽りが主題で、自分を着飾ってしまうことは私たちも往々にしてあることなのかなと。天照と不登校を重ねたことは興味深い掘り下げ方でした。惨めさを晴らす手段としてのソシャゲと大量の課金は現代の問題を浮き出させていて、キウイの境遇を効果的に表現していました。作り置きのサンドウィッチと食事代の1000円も親との関係性*1が見えましたし、その関係性も現代的でした。
第4話「両A面」
みんなそれぞれ人には言いにくい過去があって、そこをどう伝えるかは難しいという、ある意味当たり前のことを改めて考えさせられました。自ら話したキウイに対して、楽曲発表を急ぐ理由を説明しない花音。結果的には姉から花音の事情を知る*2のですが、キウイの不登校の話も花音の話もそれを聞いた周りは否定しないのが特徴的です。意外と周りはネガティブには受け取らないのですよね。語弊はありますが、他人より自分への関心が強い*3面はありますかね。また、花音の家で喧嘩しましたが、そうやってぶつかることは良かったと思いますし、それが10代らしさに感じました。
完成した楽曲も良かったです。映像の歌詞の入れ方が目に留まりました。ところでサブタイトルの『A面』は表面(裏面との対比、即ち本作の多面性における外見的な姿)を意識したものなのでしょうか。それとも単に楽曲発表を重ねたことを意味するのでしょうか。
余談ですが、まひるが花音の家でシチューを作っていて、私は『声優ラジオのウラオモテ』3話でやすみが夕陽の家でオムレツを作っていたシーンを思い出してしまいました(中の人繋がりです)。